2022/11/15 コラム

フェード現象に至った原因とは…「小山町観光バスの横転死亡事故」を現役バス運転手が推察

バス特有の運転作法を忘れてしまっていた?



■ブレーキのクセの理解不足が事故につながったか

バスのブレーキはやわなものではないと言いましたが、普通乗用車のブレーキに比べてクセが強く止まりにくいのは事実です。このクセが今回の事故に大きく関わっていると思います。どんなクセなのかというと、エア式+ドラム式による減速力の立ち上がりの遅さが一つ。前述の通り、バスのブレーキは圧搾空気で駆動しています。圧搾空気はワイヤーのように固形ではないので、どうしてもダイレクトさに欠けます。またドラムブレーキ自体も減速力がディスクよりも劣るため、これらが逆の相乗効果を生んでしまうのです。しかもこの特性は速度が上がれば上がるほど顕著に出てきます。例えば60km/hでブレーキペダルを強く踏んでも、まともに効き出すまでに体感では0.5秒ほどかかるぐらい。

しかしバスの特性を機能を理解した上でブレーキをかけると、驚くほどよく効きます。その決め手となるのは後輪。バスは後輪よりも後方にエンジンが配置されています。すなわち重心が後寄りなのです。さらに後輪はダブルタイヤとなっています。そのため後輪に強くブレーキをかければ、より短距離でバス減速させることができるのです。

ではどうやって後輪のブレーキを強くかけるのでしょうか。その答えが排気ブレーキとリターダ(補助ブレーキ)の活用です。補助ブレーキはエンジンブレーキの一種。バスは後輪駆動ですので、補助ブレーキは後輪のみにかかります。すなわち後輪の減速力を強めることができるのです。バイクに乗る方なら、後輪ブレーキの活用がいかに有用かは分かると思います。それと同じです。

しかも補助ブレーキはアクセルオフで自動的にかかるので、フットブレーキのタイムラグを穴埋めしてくれます。さらに説明すると、フットブレーキ単体でかけると、バスの前側のサスペンションだけが縮んでつんのめった状態になります。これでは、前二輪のみで大きなバスを止めているようなもので、まともな減速力が引き出せないばかりか挙動も不安定になります。しかし排気ブレーキとリターダを効かせておけば、後輪側のサスペンションも縮むため全てのタイヤに荷重が乗り、安定して減速ができるのです。

ズバリ、今回の事故の原因はこういったブレーキの活用ができなかったことに起因しているのではないでしょうか。私も峠道を頻繁に走りますが、下り坂ではエンジンブレーキに加えて排気ブレーキをかけておけば急坂でも加速を抑えることができ、フットブレーキを少し踏むだけで十分に減速できます。もちろんフェードの心配もありません。

これがフットブレーキだけで下った場合、前二輪のみに頼っていることになります。さらに下り坂は必然的に前荷重になります。平地を走っている時よりも強大な負担が前輪にかかるのです。件の運転手は事故直前に「止まらない」と言ったそうですが、そんな状況ではフェードが起きていなくても止まらなくて当前です。先ほどブレーキが立ち上がるまでに0.5秒と言いましたが、急坂ではもっと時間がかかりもっと止まりません。カーブの直前でブレーキペダルを踏んづけてもブレーキはまともにかかるわけがありません。さらにブレーキが効いたとしても前輪は制動に全てのグリップを使っていますから、ハンドルを切っても十分な旋回力は生まれないのです。

ドライバーWeb編集部

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