2024/05/01 コラム

横顔を眺めながら ~爪 切男の助手席ドライブ漂流~ 第6話「雪女な彼女」(スバル・レガシィ アウトバック ✕ 橘舞)

スバル・レガシィ アウトバック ✕ 橘舞



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 目覚めたとき、時計の針は朝5時をさしていた。よし、朝のお楽しみといえば人の少ない早朝の朝風呂を楽しむことにある。今度こそ体の芯から癒されてやるぞと温泉に向かったところ、またもやヤツと出くわした。
 一度目は偶然、二度目は幸運、それ以上は運命ってことでいいだろうか。ここまで顔を合わせたら、話しかけないほうが失礼な気さえしてくる。
「おはようございます、朝風呂ですか?」
 緊張を隠し、自然を装って声をかける私。
「そうなんです! 昨日からよく会いますよね!」と朝日よりもまぶしいほほえみを返してくれる彼女。
「あの、今日の予定って……」
 生まれて初めてのナンパだった。旅は人をイイ感じに狂わせる。そういうことにしておこう。





 私と同じく赤城山の雪景色を観に行く予定だったという彼女の愛車に同乗し、嘘みたいなドライブデートが始まる。昨日旅先で知り合った女の子と同じクルマに乗っている奇跡。言ったもん勝ちの世の中はあまり好きではないが、男はどれだけ頑張ったって女の気持ちを察することができないクソガキなのだから、それならせめて自分の気持ちをハッキリと伝えるぐらいでいいんじゃないか。下心だって逃げずに真っすぐ伝えれば真心になるかもしれないのだから。
 まだ雪が残る山道を勢いよく登っていく彼女の愛車。その馬力の強さに思わずほれぼれしてしまう。オシャレなドライブもいいが、こういうワイルドなドライブもまた楽しい。





 私と同じく東京から一泊二日の予定で遊びに来た彼女。消費者金融に勤めており、日々のストレスが限界に達すると、衝動的に旅に出てしまうクセがあるのだという。客には「ご利用は計画的に」とうたっておいて、なんて無計画な女だ。そのギャップがまた可愛い。彼女が働く消費者金融でお世話になった過去があることを告白すると「その節はご利用ありがとうございました」とおどける彼女。そうか、あのときの借金はこの笑顔につながっていたんだな。

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 程なくしてクルマは目的地に到着。暦はもう3月ということで一面の雪景色とはいかないまでも、私の傷ついた心を癒すには十分な白銀の世界がそこにはあった。「綺麗だな……」という私の言葉など聞かず、外に向かって一直線に駆け出していく彼女。車内の私に向かって「早くこっちにおいでよ!」と手招きする。その姿が雪女とダブって見える。





 幼いころからずっと憧れていた雪女が、ついに私の目の前に舞い降りた。昔話のようなクールビューティーではなく、キューティーハニーな現代版の雪女は、人を凍らすのではなく、私の熱い恋心に火を点けた。
 突然の突風にあおられ、彼女がその場に尻もちをつく。「大丈夫?」と駆け寄った私の手を引っ張り、二人一緒にすってんころりん雪の中へ。「やったな~」と立ち上がったとき、彼女はあられもない姿をさらけ出していた。白い服の中に隠されていたのは男を挑発するピンク色の下着。畜生、これが令和の雪女の誘惑なのか。肌寒さよりも心地よい欲望の高まりを感じながら、私は雪の中で違う意味で果てていくのだった。





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 日も落ち始め辺りが暗くなるころ、「どうしても行きたい場所があるの」という彼女のリクエストで、パワースポットとして有名な赤城神社へ。ニ礼ニ拍手一礼の礼法を守り、真剣に神頼みをする彼女、先ほどまでのはしゃぎっぷりとは打って変わり、なんと絵になる光景か。なんて見とれてる場合じゃない。早くしないと……雪女は東京に帰ってしまう……。明らかにそわそわし始めたこちらの様子に気付き「このまま一緒に帰っちゃう?」と大胆な誘い文句を彼女は口にする。
「あの……連絡先交換しない? 東京に帰っても会えるかな?」と少しピントのズレた返事をしてしまう私。自分からナンパをしておいて、最後のキメ台詞が言えない私。なんていくじなしで卑怯な男なんだろう。





 彼女の様子をチラリと伺うと、昔話の雪女に似た冷徹な顔でこちらを一瞬見つめていた……ような気がする。背筋がゾッとした。暗くなって山の稜線がぼんやり見えるぐらいになった赤城山のほうを振り返り「なんかがっかり……大事なのは今なんじゃない?」と彼女は言った。
 行きはよいよい帰りは怖い。意味深な沈黙を保ったまま、彼女は私を旅館まで送ってくれた。「付き合ってくれてありがと、じゃあね」と運転席から手を振る彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。愛した人に裏切られたときの雪女もこんな顔をしていたのだろうか。





「女が怒っているときは、じつは泣いているのと同じ」とは誰の言葉だったか。私は雪女を怒らせたんじゃない、泣かせてしまったんだ。その重い事実が雪よりも深く私の心に降り積もるのだった。
 走り去る彼女のクルマを見送ったあと、旅館の入口の脇に積もった雪に手を突っ込み、冷たくなった手のひらで自分の頬を触ってみる。とても冷たい。冷たすぎて泣きそうだ。この手で触れることができたかもしれない雪女のことを想いながら、明日私は一人東京へ帰るのだ。もちろん電車で。

(※)ストーリーはすべてフィクションです。
(※)青木旅館のお風呂は温泉ではありません。

<今回の”彼女”=橘舞 ヘアメイク=小笠原菜瑠 写真=ダン・アオキ 文=爪 切男>



■今回のデートカー
スバル・レガシィ アウトバック
日本向けスバル車のフラッグシップモデル。2023年9月の一部改良で新世代アイサイトを搭載し、さらに安全性と信頼性が増した。スバル自慢のシンメトリカルAWDとXモードにより、悪路にも強く頼れるクルマだ。

■橘舞(たちばな まい)
「ミスFLASH2023グランプリ」や「ミスヤングアニマル2022審査員特別賞受賞」に輝く橘舞さん。オーセンティックな美しさと気のおけない明るさで、人気上昇中!? 大胆素敵なスタイルが、読者の視線を離しません! ”彼女”をもっと見たい方は、こちらをご覧ください。
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■爪 切男(つめ きりお)
作家。1979年香川県生まれ。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)でデビュー。同作はドラマ化もされ大きな話題を呼ぶ。現在集英社発のWebサイト『よみタイ』で、美容と健康に関するエッセイ『午前三時の化粧水』を連載中。

ドライバーWeb編集部

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