2024/09/21 コラム

横顔を眺めながら ~爪 切男の助手席ドライブ漂流~ 第9話「金太郎な彼女」(マツダMX-30 ✕ 湊みそら)

マツダMX-30 ✕ 湊みそら

今回「私」が訪れたのは、金太郎の故郷、神奈川県は足柄地区。栄光の小学生横綱の過去を持つ“おらが町の金太郎”は、マツダMX-30に乗る“彼女”の姿を目にした途端、昔話を超えた恋が始まる予感に震えるのだった! 話題の作家、爪 切男が紡ぐ、助手席からのちょっぴり切ないストーリー。

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 とにかくクルマと縁のない人生だった。
 自分でいうのもなんだが、いつだって怠け者の人生を歩んできた。目立つことはせず、長い物には進んで巻かれ、努力と根性に背を向けて、平々凡々、のらりくらり、現状維持こそ我がモットー、どれだけ罵られたって気にしない、雨にも負け、風にも負けても、日陰にしか咲かぬ花のようにしぶとく生きる、そういうものに私はなりたい。
 そんな私のふぬけた人生にも、輝かしい栄光のときが確かにあった。地元の人たちから“おらが町の金太郎”ともてはやされていたあのころ。あれは私が小学生のときの話である。
 私が生まれ育った町では、秋祭りの催し物として「ちびっこわんぱく相撲大会」なるものが開催されており、私はそこで横綱の座に長く君臨していた。特別身体が大きいわけでも、運動神経が良かったわけでもない。幼いころより厳格な親父のスパルタ教育を受けて育った私にとって、同世代の子供たちの甘っちょろい相撲など子供のおままごとにしか過ぎなかったわけだ。強烈な張り手で相手の戦意を喪失させ、ばったばったと投げ飛ばす土俵の鬼、あのころの私は確かに金太郎だった。

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 忘れかけていた記憶が呼び起こされたのは、私が今、金太郎のふるさととして知られる神奈川県は足柄地区にいるからに違いない。ここに住む親戚の十七回忌に出席するため、十何年振りに東京から足を運んだわけだが、法事に顔を出すのはあくまで建前。本当の目的は都会の喧騒を離れた小旅行といったところである。さらに罰当たりなことに、法事の翌日に、マッチングアプリで知り合った足柄ギャルとのデートの約束を取り付けてきた。
 俺はかつて金太郎と呼ばれた男、今では相撲より女の子が大好きさ。

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 デート当日、待ち合わせ場所であるJR山北駅で私を待っていたのは……前髪ぱっつんの黒髪ボブ、くっきりとした目鼻立ちのイケメンフェイス、そして胸元が大胆に開いたブラトップキャミソールをまとった女の子。まるで昔話の世界から飛び出してきた金太郎のようないでたちではないか。金太郎といえばふっくらとした体形を想像させるが、彼女のそれは全く違う。まさにボンキュッボン! メリハリの付いた美しいボディに思わず見とれてしまう。

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  一目見たときに身体に電撃が走った。昔話を超えた恋が始まる予感がした。
 彼女の愛車はマツダのMX-30。相変わらずクルマに疎い私であるが、足柄山を彷彿とさせる緑がかったグレーのカラーリングは女金太郎によく似合っていると思う。
 器用なハンドルさばきでクルマを走らせる彼女、胸のドキドキを抑え切れない私は緊張で何も話せない。そんな私を横目に「あ、本当に何にもない街だなぁとか思ってるんでしょ?」と大声で笑う彼女。ああ、いいなあ、私は大きな声で笑う女の子が大好きなんだ。

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 高校を卒業してすぐに地元の農協で働き始めた彼女は、自分が生まれ育ったふるさとを心から愛し、この街を出ようと思ったことは一度もないらしい。この若さでここまでの郷土愛を持っている子もいるんだな。
 まずはご飯からでしょという彼女の提案で、クルマは良い感じにひなびた道の駅に到着。ふと空を見上げてみると現在工事中の新東名高速の姿が見えた。こういう大規模な工事現場を目にするといつも思う。この工事は本当に必要なのだろうか、この街に住む人を本当に幸せにしてくれるものなのかと勘繰ってしまう。
「でっかい道路ができるんだよ! 早く開通しないかなぁ」と無邪気に笑う彼女。でっかいものに憧れる。純粋無垢なキラキラとした瞳に吸い込まれそうになる。私に今必要なのはこの子の心へとつながるハイウェイである。

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ドライバーWeb編集部

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