2024/07/19 コラム

夏休みに行きたい人気スポット!? 東京地裁の傍聴席争奪戦に勝つための「10の極意」

東京高等地方簡易裁判所合同庁舎

夏休みである。夏休みにはどっと人が増え、大変なことになる、しかしテレビは決して報じない、そんな秘密のスポットがある。ずばり、東京地裁(皇居の近くにある本庁。以下同)だ。他の裁判所のことは取りあえず措き、今回は東京地裁限定で述べる。

東京地裁はもともと傍聴人が非常に多い。そこへさらに、夏休み中にレポートを出せと言われるのだろう、法学部、法科大学院の諸君がどっとやって来る。毎年どうも、夏休みの始まりに女子が多い。夏休みが終わるころ、男子がやたら増える。

夏真っ盛り、涼しそうな遊び着の高校生、中学生たちも仲良く連れだって来る。小学生とお母さんの2人連れも多い。

「あなた、明日も来るって、言わないわよね」

素敵な感じのお母さんが小学生の息子にそう微笑んだ。息子君は裁判所がだいぶ気に入ったらしい。翌日、その母子に私は遭遇した。子どもが熱中することに、とことんつきあうお母さん、偉いです。

裁判傍聴は金がかからない。手錠と腰縄につながれたナマの犯罪者を、間近で見られる。よそでは絶対に得られない、貴重な社会勉強になる。刺激的なデートスポットとしても認知されているようで、カップルもよく来る。傍聴席に並んで座り、手を握り合っていたりする。

そうしてそのうえで、重大なことが夏休みには起こる。なんと、裁判官たちも夏休みをとるんであるっ! 7月20日ごろから8月末にかけて、10日間ずつ2度休む部と、20日間まとめて休む部があったり。今年もそのパターンかは分からない。とにかく、開廷がほぼ半分に減る。そこへ、夏休みの傍聴人たちが押し寄せるんである! 傍聴席争奪戦は、ときに凄まじいことになる。せっかくきたのに、何も傍聴できなかった、そんなことも十分あり得る。

私は、傍聴マニアを自称できるようになって今年で21年目だ。21回目の夏を迎える立場から、「この夏休み、初めて裁判傍聴へ行こうか」と考える学生、生徒さん、お母さん、カップルの方々に対し、裁判傍聴のコツ、極意をちらっと伝授したい。ネットのあちこちに“傍聴案内”みたいなのはあるが、私のはちょぃと違いますぞ、ふふ。

その1■裁判傍聴ってどうやるの?

まずは基本的なことから。「傍聴ってどうやるんですか?」、「名前とか書くんですか?」などと、1階の案内カウンターで尋ねる人をときどき見かける。

どこの裁判所も1階に、その日の全開廷(刑事の公判期日と民事の弁論期日)を載せた開廷表がある。何枚も束ねられていたり、掲示板に張り出されていたり。東京地裁にはタブレット式の開廷表が18台もある。すごいよね。

それら開廷表を見て、たとえば「あっ、13時30分から810号法廷で『不同意わいせつ』だ。14時30分から532号の『覚醒剤取締法違反』、若い女性っぽいぞ」などとメモし、法廷へ行く。傍聴申込書みたいなものはない。誰でも名乗らずに傍聴できる。途中からの入退廷も自由だ。ただしお静かに。ドアはノック不要です。

その2■傍聴券はどうする?

最高裁のウエブサイトに「各地の裁判所の傍聴券交付情報」というのがある。ご覧のとおり、傍聴券交付(抽選または先着順)となる裁判はごく一部だ。それ以外は自由に傍聴できる。

傍聴券の対象となるのは、有名芸能人の事件や、テレビで連日取り上げられた凶悪事件だけじゃない。いわゆる過激派や、ヤクザの幹部の事件、陰謀論やカルト宗教がからんで信者が押し寄せそうな事件、そういうのも傍聴券抽選となる。私が知る限り、ヤクザの人たちは、見た目はちょっと怖かったりするが、裁判所内ではきちんとしている。

抽選のいわば“当たり券”が35枚で、締切時刻までに25人しか来ない、なんてこともある。25人全員に傍聴券が交付される。じゃあ、余った10枚(10席)はどうなるのか。遅れて来た人に先着順で交付することもある。空席に人を入れないこともある。傍聴を制限する手段としても傍聴券は利用される。

あと、抽選に何百人も並んだのに、傍聴席には空席がぽつぽつってこともある。たとえば複数のワイドショーが、自分のとこのコメンテーターに傍聴させたくて“並び屋さん”を多数雇う、それは有名裁判では普通だ。当たり券を必要以上にゲットしちゃって、という場合に空席が生まれる。

その3■「地裁の刑事の新件がいいよ」

「地裁の刑事の新件がいいよ」、多くの人たちはそう言われて来るようだ。

・東京地裁の庁舎内には高裁と簡裁の法廷もある
・裁判は刑事と民事がある
・刑事の開廷表には「新件」「審理」「判決」と記載されている

初めての裁判傍聴なら、地裁の刑事の新件、確かにそれがお勧めだ。裁判がどう進行するか、よくわかるので。シンプルな「道路交通法違反」なんか、直ちに判決が言い渡されることもある。どんな人物が、どんなことをやり、検察官はどう責め、被告人(※)はどう弁解するか、加えて求刑と判決までぜんぶ1時間足らずで見られる。お得だ。 ※民事は【原告vs被告】、刑事は【検察官vs被告人】だが、メディアは必ず刑事の被告人を「被告」と報じる。

開廷表には11時~12時とあっても、被告人が認否(起訴状の内容に対する意見)を留保したり、追起訴が予定されていたりで、数分か10数分で終わってしまうこともある。その場合にどこの法廷へ行くか、1階の開廷表でチェックしておこう。

その4■裁判員裁判を傍聴したい

裁判員裁判の開廷情報が最高裁のウエブサイトにある。東京地裁だと「裁判員裁判開廷期日情報(東京地方裁判所本庁)」だ。罪名、日時、法廷が載っている。便利だ。

裁判員裁判以外については、そんな便利な情報提供はない。裁判員制度の目的は、司法に対する国民の理解と信頼を深めること(裁判員法第1条)。なので最高裁は裁判員裁判についてだけ情報を提供するのだ。

ただし、である。私が知る限り、「不同意性交等致傷」など色情系の裁判員裁判は、載せないようだ。色情事件の被害者は、事件が人目に触れることを好まない場合がある。ところが色情事件は一般傍聴人に大人気。そんな期日をネットで公表したら大変! ということと思われる。

その5■人気の裁判は?

裁判員裁判を除けば、

1位 「不同意性交等」「性的姿態等撮影」「ストーカー行為等の規制等に関する法律違反」など、いかにも色情系な事件
2位 なんであれ、開廷表の被告人氏名が女性名、それも若そうな女性名の事件
3位 とにかく地裁の刑事の新件

そんな順位になるかな。1位と3位が合体ならもう大人気。傍聴席は20席なのに40人、50人が行列をつくることも珍しくない。

逆に、新件でも不人気なのは、被告人が外国人の「出入国管理及び難民認定法違反」。多くはオーバーステイだ。なぜ日本に居続けたのか、その間なにをしていたのか、興味深い話が出てくることもある。病気の日本人女性を支え、建築関係で何年も働きに働いた、そんな韓国人男性もいた。

その6■狙う裁判を確実に傍聴するには

主に以下のことを総合勘案して、何分前に、あるいは何十分前に法廷へ行くか決めよう。

・狙う裁判の人気度
・その法廷の傍聴席数
・同時刻に他の法廷で人気の裁判があるかどうか

傍聴席数は大事だ。東京地裁の刑事部は、傍聴席20席の法廷を使うことが多い。次が52席の法廷で、42席、38席の法廷が一部ある。どの法廷が何席か、公表されていない。基本的には、廊下の端っこの法廷はすべて20席だ。

夏休みは開廷がほぼ半分に減り、そこへ夏休みの傍聴人が押し寄せる。早々と行列になることがよくある。立ち見は許されない。傍聴人が早々と席数を超えて並び、事件の家族や関係者が傍聴できない、それはあるあるだ。

ここでひとつ、誰も言わない話を。開廷時刻のだいたい10分前に、傍聴席のドアの施錠が解かれる。初めての人たちは、入ってすぐ立ち止まることがある。「うわあ、これが法廷か。どの席に座ろうか」などと思うのだろう。そのすきに、どどっと傍聴人が雪崩れ込み、あっという間に傍聴席を埋めてしまう。「うわあ」と数秒立ち止まった人は傍聴できない、そんなこともあるのですよ。

その7■エレベーターと非常階段

せっかく裁判所へ来たんだから、次々と何件か傍聴したい。誰もがそう思う。ある法廷(52席)で「性的姿態等撮影」が終わり、数分後に1フロア下の別の法廷(52席)で「不同意性交等」が始まる、そんなとき、民族の大移動ならぬ“傍聴人の大移動”が起こる!

東京地裁のエレベーターは、法廷階(数十の法廷が詰まったフロア)の移動に使えないものも含め19基ある。動きが鈍く、30秒待ち、1分待ちは普通だ。一方、非常階段は法廷階に合計12カ所もある。私なら、まっすぐ非常階段へ向かう。ところが、長年の観察によれば、ほぼすべての傍聴人は、たかが1フロア降りるだけでも、エレベーターを待つんだね。今どきはそれが普通らしい。

非常階段を駆け下りた者は「不同意性交等」の傍聴席にまだ座れる可能性がある。大人気の罪名なのに、数分前になぜ空きが? 50人ほどが“大移動”の最中だからだ。非常階段を駆け下りればぎりぎり座れ(傍聴でき)、エレベーターで来た人の多くはあぶれる、東京地裁の知られざるリアルだ。

その8■うちわとアームカバー

東京地裁の法廷は、やたら暑かったり、やたら寒かったりする。特に南端の法廷は、ぶ厚いカーテンで窓を覆っているが、太陽の熱がこもるのだろう、めちゃくちゃ暑いことがよくある。しかし、1983年竣工のこの庁舎は、法廷内の気温に合わせてエアコンの温度を調節することが、どうもできないんだね。

寒冷時に備え、アームカバーは必需品だ。百均ショップで買っておこう。うちわや扇子も必需品だ。ただし、法廷内で審理中にバタバタやるのは如何なものか。法廷前の小廊下や待合室も、めっちゃ暑いことがある。そっちで使いたい。以前、やたら蒸し暑い小廊下に外国人の母娘がいて、私はうちわをあげた。すごく喜んでくれた。私の高級鞄(古道具店で購入)には、うちわと扇子が複数入っているのだ。

その9■簡裁の新件と高裁の判決

「簡裁の刑事の新件」もじつは侮(あなど)り難い。裁判所法の規定により、簡裁は「住居侵入」や「窃盗」などいくつかの罪について、3年以下の懲役刑しか科せない。それら以外の罪については、罰金刑しか科せない。そこが違うだけ。裁判の手続き自体は地裁と同じだ。

簡裁の、女性被告人の「窃盗」は、クレプトマニア、窃盗症と呼ばれる万引きがけっこうある。意思の力では万引き衝動を抑えられないお婆ちゃんたちを、検察官、裁判官はどう扱うか、注目ですぞ。簡裁の「住居侵入」は覗き目的、「邸宅侵入、窃盗」はベランダの下着泥棒、「建造物侵入」は女子トイレ侵入であることが多い。

また、それら以外の罪、「暴行」「傷害」「公務執行妨害」「道路交通法違反」等々について、簡裁は罰金刑しか科せない。罰金は通常、略式の裁判手続きで処理される。法廷へ出てくるのは、否認か、あるいは、いったん略式に応じて罰金の支払命令を受け、それから被告人自身が正式裁判を請求したか。地裁ではなかなか見られない裁判を、簡裁では見られることがある。

あと、高裁の判決は、事件の概要と、弁護人の主張と、裁判所の判断が、けっこう詳しく述べられる。しかも、地裁や簡裁に比べて高裁は、報道された事件がわりと多い。「あの事件、じつはこうだったのか!」と驚いたりする。

その10■「あいつら何なんすか!」

各法廷階に8カ所ずつ、一般待合室がある。弁護人と被告人本人、またその家族が打ち合わせていることがよくある。そばの法廷前には、行列ができ始めている。続々と傍聴人がやってくる。待合室からこんな会話が聞こえてくることが、ときどきある。

「(怒りをこめて)あいつら、何なんすか! 関係ない連中でしょ?」
「(困ったふうに)裁判は公開、傍聴は自由だから…」
「傍聴マニアっすか? 他人の裁判を面白がって(怒気強く)クズですね!」
「まあまあ…」

裁判は、当事者にとっては一生を左右しかねない、重要なイベントなのだ。被害者の家族、遺族が来ることもある。ところが、法廷前で、

「さっきの強制性交、否認だったよ。次、殺人の判決、行くだろ? 求刑は10年…12年だったかな」

などと高らかに談笑する傍聴人たちもいる。その談笑に加わるか、背を向けて開廷を待つか、あなた次第だ。

以上、10項目にわたり、マニア歴21年の立場から、ごく簡潔に述べた。最後に、お近くの裁判所へ傍聴に行きたい方に、ひとつ大事な情報を提供したい。

法務省(https://www.moj.go.jp/index.html)→白書・統計・資料→白書・統計→統計→法務省の統計→集計結果、統計表一覧→検察統計→年報2022年、と次々クリックし「22-00-06 検察庁別 被疑事件の受理、既済及び未済の人員」を見てほしい。現時点で2022年が最新だ。遅くとも9月中には2023年のデータが出るはず。

「起訴」の中に「公判請求」とある、それが正式な裁判への起訴だ。公判請求された事件が公開の法廷へ出てきて、国民が傍聴できる。地検は地裁へ、区検は簡裁へ、公判請求する。

東京地検の本庁の公判請求は7443人。1年は52週、週5日開廷として強引に計算すれば、東京地裁(本庁)の法廷へ1日約29件が出てくることになる。それが開廷表に「新件」と記載される件数だ。追起訴や証人尋問等で「審理」の期日、「判決」の期日もある。

そんな感じで、あなたが行こうとする裁判所を調べてみよう。公判請求が少ない検察、に対応する裁判所は、開廷の曜日が限定されていたり、夏休みはまったく開廷なしだったり、いきなり行っても何も傍聴できないことがある。「刑事裁判を傍聴してみたいんですけど、明日、刑事の裁判はありますか? 午前に何件、午後に何件ですか?」と電話してみよう。

文=今井亮一
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を好評発行中。

ドライバーWeb編集部

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