2024/02/02 コラム

日本の会計システムが生んだ英国史上最大の冤罪…「オービス」は大丈夫なのか心配

写真は、かつての「オービス逆転無罪判決」の書き写しの一部

いやはや、驚いた。日本経済新聞(紙版)1面のコラム、「春秋」に2024年1月18日、なんとオービスの逆転無罪が登場したのであるっ!

「しまった、と思ったがもう遅い。スピード違反で御用となり、ホゾをかんだ方は大勢おられよう。警察庁によれば、全国の検挙件数は2022年に約93万件にのぼり…」

コラムはそう始まる。「測定はもちろん機械が担う」と受けて、こう続く。

「ため息をつきつつ、みんなが摘発を受け入れるのはその正確さを信用しているからだ。もし機器がいいかげんなら、無実の罪を被る人が世にあふれる」

確かに。でもって「英国の郵便局を舞台にした冤罪事件」へと話は展開する。

「ことは1999年にさかのぼる。窓口の現金がシステム上の残高より少なくなるケースが頻発し、局長らが次々に起訴された。補填を求められて命を絶った人もいる。」

ところが、じつは富士通の会計システム「ホライゾン」に欠陥があったと、最近になって発覚した! 別の報道では、英政府の「独立公開調査」に対し富士通の欧州担当責任者は「導入当初から不具合を認識した」と証言したそうな。「英国史上最大の冤罪」とされ、大変なことになっている。コラムはこう続く。

「冤罪を生んだのは、しかし人間である。システムを盲信し、刑事訴追の権限を乱用した国有郵便局会社や、その言い分を疑わなかった司法もひどいものだ。」

そうして結びの部分にオービスが登場する。こうだ。

「ちなみに、かつて日本ではオービスの精度が争われる事件があった。大阪高裁は1992年、誤測定を認めてドライバーに逆転無罪を言い渡している。」

30年以上前のあの逆転無罪を、「春秋」の筆者氏はよくご存知でしたね。でも、なんだか、「日本の司法は優秀だ。英国は司法にこそ欠陥があった」と聞こえなくもない。うーん、それはどうなんだろ。

私の手元に、一審・加古川簡裁の有罪判決と、二審・大阪高裁の逆転無罪判決の、判決書きの写しがある。オービスに限らず速度取り締まり方面のレジェンドというべき和田兌(筆名:浜島望)氏の『警察の盗撮・監視術』(技術と人間)には詳しい裏話が載っている。どんな事件だったか、ざっとふり返ってみよう。

■道端で赤いストロボが光った

事件は1987年7月17日午前5時過ぎに起こった。当時37歳の会社員・O氏は大型トラックを運転し、兵庫県の加古川バイパスを走行していた。制限速度は60キロ。O氏の速度はせいぜい60キロちょいだった。

突然、道端で赤いストロボが光った。東京航空計器(TKK)の「オービスⅢLh」に撮影されたのだ。Lhはループコイル式で、撮影には36枚撮りの銀塩フィルムを使う。

O氏は後日呼び出されて警察へ出頭。測定値は111キロ(超過51キロ)だった。いくらなんでもそりゃないだろ。O氏は強く否認。検察は苦慮したか、2年近くを経た1989年6月になって起訴した。

裁判は加古川簡裁でおこなわれた。国選の弁護人はぜんぜんやる気がなかったという。O氏は知人の紹介で私選の弁護人をつけた(国選は解任)。しかし途中で資力が尽き、あとは独力で戦った。1991年6月、判決は求刑どおり罰金10万円だった。

O氏は大阪高裁へ控訴。控訴審での国選弁護人は、一審の大量の記録を読み、O氏の無罪を確信したという。1992年9月9日、大阪高裁の判決が言い渡された。

裁判長「主文。原判決を破棄する。被告人は無罪」

長い判決理由の終わりのほうに、こんな部分がある。

裁判長「本件タコグラフ記録紙には本件当時の速度が表示されていると考えることにも十分合理的根拠があるといわざるを得ず…」

タコグラフとは自車の走行記録計だ。当時のタコグラフは、速度によって位置を変える針の下で、円盤状のチャート紙がゆっくり回る。何時何分の速度はどれぐらいか、あるいは停車中だったか、記録するのだ。

裁判長「前述のようにタコグラフの機械的精度にマイナス10パーセント程度の誤差があることを考慮してもなお…」

本件タコグラフの針は、少し曲がっていた。「ゆえに信用できない。一方、オービスは絶対だ」ということで検察は起訴し、一審は有罪だった。けれど、当たり前のことだが、曲がり分を差し引けば、実際には何キロだったか、普通にわかる。

裁判長「被告人運転車両の速度は最大で約66キロメートル毎時程度としか推認できないから、これとオービスⅢの測定結果である111キロメートル毎時との間には合理的に説明できない矛盾が存在すると考えられ…」

検察は最高裁に上告できず、この無罪は確定した。タコグラフという確かな証拠があっても、無罪を勝ち取るまで、起訴からだけで約3年もかかった。それほどに「オービス無謬(むびゅう)神話」は強力なのである。

■オービスに関わる検察立証はメーカーと子会社が握る

1990年代の終わり頃から、私は東京簡裁でオービス裁判を傍聴しまくった。当時は三菱電機のオービス(製品名はRS-2000)も稼働していた。TKKと三菱のオービス裁判が続々とあった。2000年の前後数年間にわたり、年間40~60件ぐらいだったか。すべて傍聴してやろうと、私は夢中で裁判所へ通った。

測定値を否認する被告人が多かった。検察官の立証の柱は、以下の3つだ。

1、「作動原理説明書」など、メーカーが作成した文書
2、年2回の定期点検(メーカーまたは子会社が行う)の結果はすべて「良」だったという書面
3、法廷証言を専門におこなうメーカー社員による、「我が社の装置はプラス誤差を絶対に出しません」旨の証言

信じられないかもしれないが、検察立証はすべてメーカーと子会社に「おんぶに抱っこ」なのである。検察官も裁判官も、メーカー社員を「オービスの専門家」と呼ぶ。判決理由には、メーカー社員のいわばセールストークがまんま記載される。「オービス無謬神話」なのである。

大阪高裁の逆転無罪のことを出す弁護人、被告人がときどきいた。メーカー社員に対する証人尋問で、あの逆転無罪のあとどんな改善、改良をしたか、弁護人が尋問したことがある。メーカー社員は、にこやかに証言した。

証言「あれは誤判です。オービスの機能が正しく理解されなかった、ですので、装置の見直しなどはおこなっておりません」

「なっ、なんだそれーっ!」と私は傍聴席でぶっ飛んだ。しかし、これでとおってしまうのがオービス裁判なのだ。オービス無謬神話なのだ。

とはいえ、メーカーも警察、検察も反省はしたらしい。私が傍聴してきた数百件(すべて有罪)の中に、チャート紙式もデジタル式も、タコグラフが装備された車両の事件は1件もない。ドライブレコーダーの録画をもとに無罪を主張した事件も、1件もない。

日本の司法は英国より優れている、といえるのかどうか、うーん、私としては首をひねるほかない。ひねりすぎて首が折れそうだ。

文=今井亮一
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通事件以外の裁判傍聴にも熱中。交通違反マニア、開示請求マニア、裁判傍聴マニアを自称。

ドライバーWeb編集部

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