2022/12/27 コラム

「水上を走るもの、水を汚すべからず」…Hondaマリン事業のこれからとは

二輪・四輪技術のシナジーを活用できるのがHondaの強み

フィッシングをはじめとするレジャーユースから漁業、遊覧観光などのプロユースまで、水上のさまざまなシーンで使われ、幅広いユーザーに愛用されているHondaの船外機。そのテクノロジーには、今も昔も、そしてこれからも「人々の生活の役に立ちたい」という想いが根底に流れている。

文=湯目由明 写真=藤田真郷/本田技研工業株式会社





バイク(二輪)とクルマ(四輪)以外にも、陸上では耕うん機や除雪機、さまざまな機械の動力源に用いられる汎用エンジンなど、暮らしの身近な場所で活躍するホンダパワー。「縁の下の力持ち」として日々の生活や仕事、社会を支える原動力になっているのがパワープロダクツ(以下PPと略す)事業だ。

PP製品が活躍するのは陸の上だけではない。漁船や遊覧観光船、ボートなどに設置される取り外し式のエンジン=船外機の世界でも、環境負荷の少ない4ストロークタイプを他社に先駆けて展開し、カーボンニュートラルを見据えた小型電動推進機を開発するなど、水の上でもホンダブランドの存在感が光る。

労力を技術の力で軽減し、作業環境が改善される。地球に優しく人々の暮らしを豊かにするのがPP製品に共通するテーマだ。

「漁師さんや遊覧観光船など、水の上で生計を立てている人たちのお役に立ちたいという想いで船外機事業に参入しました」と語るのは、二輪・パワープロダクツ事業本部パワープロダクツ事業統括部のマリン事業部の部長を務める佐藤公亮氏。


二輪・パワープロダクツ事業本部 パワープロダクツ事業統括部 マリン事業部 部長の佐藤公亮氏。1986年入社。九州地区の汎用(※)営業所、四輪販売ディーラー勤務を経て、汎用部門海外営業・アジア大洋州地域東アジア担当に。1996年にカナダの現地法人に駐在し、二輪・汎用の日本人責任者となる。2001年にマリン部北米担当となり営業・生産・商品開発に携わり、2005年にアジア大洋州の汎用部門ブロックリーダーに就任。2011年に中国(広州/重慶)に駐在して中国でのマリン部門の事業化を実現。2018年より現職。 ※「汎用」は当時の名称。現在は「パワープロダクツ」

1964年にホンダ船外機の1号機として発売されたのがGB30。当時の船外機はガソリンとオイルの混合燃料を使う2ストロークエンジンが主流で、水中にオイルが放出されるために水質への影響が懸念された。

Honda初の船外機当時は“異端”だった!?

●2ストロークエンジンが主流の時代に「水上を走るもの、水を汚すべからず」を信念に、重量やコストなどでハンディのある4ストロークで船外機市場に参入。このGB30型以来、人と環境に優しい経済的で高品質な4ストローク船外機という基本コンセプトは不変だ

環境負荷の軽減という概念が現在ほど浸透していなかった時代に、ホンダの創業者、本田宗一郎氏は「水上を走るもの、水を汚すべからず」という信念を説いた。佐藤氏は「水産業に従事する人々にとって、魚や貝、海藻などが生計の糧になるので、それらに影響を与えにくい4ストロークの優位性をわかりやすく表現した創業者の想いは、われわれの座右の銘になっています」と力を込める。

90年代に入ると4ストロークエンジンが主流になり始める。きっかけになったのがアメリカの環境規制だ。

「船外機はアメリカが圧倒的な大市場で、そこに環境規制が導入されるとなると、従来の2ストロークでは規制値をクリアするのが難しい。他社は急ピッチで2ストロークから4ストロークへの移行を進めましたが、ホンダは4ストロークの船外機しか生産・販売していなかったので、ラインアップを拡充するスピードは速かったですね」

現在、船外機の全世界販売台数は年間約80万台以上。ホンダの船外機の販売比率は北米と欧州、その他の国々(新興国、アジア、中東)で3分の1ずつになる。

「北米は二輪と四輪のホンダのイメージが強く、販売の大半を占めるレジャーユースとホンダのブランドイメージが一致するようです。欧州は耐久・信頼性、そして二輪、四輪のビジネス基盤(部品供給やサービス体制)に対する安心感が、そして漁業や遊覧観光船などのプロユースが多い新興国では耐久・信頼性と燃費性能が評価されています」

■「ホンダらしさ」を追求し続けるマリン事業の将来像

PP事業の原点は、1953年に発売されたホンダ初の汎用エンジン「H型」。そのルーツは「白いタンクに赤いエンジン」のキャッチコピーで親しまれた自転車用補助エンジン、カブ号F型。ホンダ船外機の1号機、GB30も汎用の「G型」を搭載した小出力モデルで、PP製品では実績のあるエンジンをほかの用途にアレンジして搭載するのが基本だ。

他社だと船外機用のエンジンを新規に開発するところを、四輪用の高性能エンジンを船外機用に使えるのがホンダブランドの強みだ。その特徴について佐藤氏は「ホンダは自動車メーカーでもあるので、出力の大きな機種については四輪用のエンジンをマリン向けに転用する『マリナイズ』をやっています」と、ホンダならではのシナジー効果を語る。

「ホンダの船外機は90年代初頭までは15馬力までのラインアップでした。そこから市場のニーズに合わせて35、45シリーズ(機種名のBF◯◯の◯◯の数字が出力=馬力を示す)を出して、さらにラインアップを拡充しようという段階で、その上の出力のエンジンをどうするのか? ならば環境技術が確立され、燃費でも実績のある四輪のエンジンを転用するのが最善だろうという考え方でこれまでやってきています」

もっともハイパワーなBF250(250馬力)はレジェンドなどに搭載されていた3.5L・V型6気筒のJ35A型エンジンで、排気量を3.6Lにアップしてマリナイズしている。興味深いところではミドルレンジのBF60(60馬力)のエンジン。フィットに搭載していた直列4気筒のL15型を4分の3、つまり3気筒にして使っている。

ちなみに、直列2気筒のBF8からBF250までは奥浜名湖に面した細江船外機工場で造られている。ここには、部品点数も作業工数も異なる幅広い出力帯のエンジンを組める確かな技術力を備えたスペシャリストたちがそろう。

二輪・四輪で培ってきたVTECやPGM-FI、ECOmoやBLASTといった独自のテクノロジーをバックボーンに、水上で使われる内燃機関としての性能を極めてきた。

ホンダは2050年にすべての製品と企業活動を通じてカーボンニュートラルを目指すと宣言しているが、環境規制の強化や電動化のトレンドを見据えた取り組みにも注目したい。

「今後、アメリカを中心に環境規制が2ランク、3ランク上がることが想定されているので、それに向けた解決手法のひとつは、やはり『電動化』だと思います。弊社でも以前から電動推進機は検討していて、2021年に細江船外機工場の開設20周年とホンダ船外機が世界累計生産台数200万台達成を記念したイベントで、小型電動推進機のコンセプトモデルを披露しました」

船外機も、陸上のモビリティと同様に小さな出力帯の商品から電動化が進むと推測される。しかし、大出力の船外機を今の時点で電動に置き換えるのは技術やコスト面で難しい。

「出力が大きくなるほど、バッテリーの重量エネルギー密度や充電の問題が出てきます。陸上ならエネルギーを回生できますけど、水上では回生も充電もできません。250馬力の船外機をフルスピードで1時間走らせると60〜70Lの燃料を消費しますが、これをバッテリーに置き換えると相当な重量になり、設置場所や重量バランスの問題が生じます」

だが、ホンダブランドの強みは二輪や四輪のシナジーを活用できる可能性があるということ。陸上のモビリティは電動化が進んでいるが、それらを応用して環境負荷が少なく安全な「水上の推進力」として進化させることも考えられる。

環境負荷の少ない4ストローク船外機から始まり、二輪・四輪技術を生かした省燃費・高出力化など、時代のニーズに応えてきたホンダのマリン事業。佐藤氏は「電動化だけではなく、例えば水上で働く人を楽にする操船支援や危険回避機能など、ホンダらしい付加価値を提供しながら、今まで築き上げてきた環境性能や信頼・耐久性を維持することがわれわれの使命です」と締めくくった。

2馬力から250馬力まで20機種をラインアップ

BF2:アウトドア&釣りブームで人気の2馬力クラスで唯一、使用後のメンテナンスが楽な空冷エンジンを搭載。軽量コンパクトながら内蔵の燃料タンク容量はクラス最大の1.1L


BF250:レジェンドやエリシオンが搭載していたV型6気筒OHCのJ35A型エンジンをベースに排気量を3.6Lに拡大。車載時は横置きだが縦置きにして船外機向けにマリナイズ

Honda 細江船外機工場(静岡県浜松市)



●8馬力から250馬力までさまざまなモデルが造られる、ホンダ船外機のグローバルマザー工場。従来船外機を生産していた浜松工場から、2001年に船外機の開発と生産、検査、出荷の全工程を集約した細江船外機工場に移管された。取材時はホンダ唯一のV6エンジンを搭載するBF250や、直4・2.4LのK24型エンジンを搭載するBF150が造られていた。エンジンの部品を組み付け、フレームと合体→検査→梱包と、一連の作業が流れるように進んでいた


●工場の敷地内には浜名湖に直接出られるマリーナが併設されている。新製品の開発だけでなく、事象の再現や耐久性試験など、さまざまなテストを繰り返し耐久・信頼性を高める

船外機もカーボンニュートラルを目指す!
小型電動推進機コンセプトモデル



●「水上を走るもの、水を汚すべからず」の想いを、SDGsやカーボンニュートラルが叫ばれる時代に具現化した次世代のクリーンな船外機の提案が、小型電動推進機のコンセプトモデル。ゼロエミッションや低騒音、低振動、発進時からの高トルクといった電動ならではの特徴を持ち、動力源にモバイルパワーパックを採用する

ドライバーWeb編集部

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